わたしは米びつじゃなくてパンこね台だったわ、と気づいた話

なんのこっちゃ、ですが。

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いやですね、アクセス(≒アクセスバーズの上位概念みたいなもの)では、普段、自分の感情だとか思考だとかって思っているもののうち大部分というかほとんど全部(90…ンパーセント?)、自分のものではないということになってます。

私たちはサイキックなスポンジみたいなものなので…

24時間年中無休で他者の思考や感情を吸収しているのだとか。
(探してみたけどスポンジボブのスポンジって意外と売ってない)

確かに。
満員電車や人の多いとことに行くとドッと疲れるし納得!

…と思う反面、90ンパーセントも他人の思考だとするならば、じゃあそれがなくなってしまった本来の自分ってめっちゃしょうもないんじゃないの?中身すっからかんじゃないの?それでもわたしは存在していられるの?…と、実はその考え方はわたしにとってはちょっとした恐怖でもありました。

で、ある時気づいたのです。

わたしは米びつじゃなくて、パンこね台なんだと。

米びつに米が入ってなかったら米びつには存在意義がないわけで。
わたしはずっと自分が米びつのようなものだと思っていたので、一生懸命、米を、米がなければ麦を、麦がなければその辺の石ころを詰めようとしていました。

でもパンこね台は違います。
台の上に宝石やら金塊が山積みになっていてもパンはこねれません。
美味しいパンが出来上がるためには、むしろパンこね台の上は空っぽの方がいいわけです。

米びつだったわたしはクリアになるためにいろいろクリアリングやらしつつ、もう片手で出て行こうとするものを一生懸命引き止めていたわけです。中身が空っぽになったら自分の存在価値、自分が存在する意味がなくなると思っていたからね。

なんて…なんていうの?いたちごっこ?マッチポンプ?自作自演?

前提条件からすっかり間違ってたね。

空っぽになってもいいんだ。むしろ空っぽの方がいいんだ。

空っぽになることを恐怖しなくていい、っていう現実を選択したらなんだかすっごく軽くなりました。

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